豆鳳凰民いせえびの麻雀備忘録

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【雑記】麻雀打ちのタイプを嗜好によって三つに分類してみた③~"Timmy,Johnny,Spike"の分類はどう役に立つ?~

 前回の続きです。

で、分類して何の役に立つの?

 「ふーん。たしかにカードゲームの性格分類は麻雀にも使えそうだね。で、それで?」

 ここまで読んでそう思った人は多いかもしれない(それなのに読んで頂いてありがとうございます……!)。だが、この分類は麻雀に関する議論をするとき、またゲームとしての麻雀を考える際に非常に重要であると考えている。

  ある集合をその属性によって分類し、定義するということは学問領域のみならずあらゆる場面で行われている。卑近な例では、「リア充」と「非リア」、「草食系男子」と「肉食系男子」といった定義も、特定の集団の考察及び分類によって生じた。また、最近では「意識高い系」や「オタサーの姫」のように、近年特徴的に現れてきた人々を指す新たな言葉も生まれている。

 こうした分類は決して無駄ではない。人々を新たに定義するということは、その人々を発見し、イメージを共有化することである。我々は「リア充」という言葉を発明することにより、「一般化されたリア充像」を基に議論をしたり、「リア充」な人の性質をより深くを考察したり、はたまた「リア充」有効なマーケティングは何かといったことを分析したりすることが可能になる。我々は言葉によって世界を分節する。「語りえぬことを語る」ことは出来ない。そのため、新たな分類の獲得は思考の深化、議論の先鋭化に大きく寄与するものなのである(もちろん、誤った分類や過度な一般化は議論の混乱を招くこともあるが……)。

 では、具体的にどのような場面でこの分類が役に立つのか。それが最も有効に働くのは、ユーザー層の分析が必要な時である。つまり、麻雀に関するビジネスを始めようとする時と言える。

 そもそも"Timmy,Johnny,and Spike"は、ゲーム会社がより良い製品開発のために作られた概念である。より効果的なマーケティングを行うためには、ターゲット層を分析し、よく理解する必要がある。つまり、単なる学術的な概念整理のためではなく、ビジネスのためという実利的な要請から生まれた分類なのである。

 麻雀においてユーザー層の分析が必要となる人として、雀荘経営者麻雀ゲームの開発者のように、麻雀の場を提供するビジネスに関わる人が想定される。特に、勝者に商品を与えない形式で麻雀の場を作ろうとするときは踏み込んだ分析が必要となる。先述したように、麻雀ユーザーはスパイク層が中心を占めている。巷にある雀荘のほとんどがオンレートであることからもそのことが覗える。そのため、彼らにレートという「餌」を与えない場合、代わりに何をしなければいけないかということを考える必要がある。

 例えばノーレート雀荘がスパイク層の取り込みを諦めないのであれば、レート以外の「餌」が必要となる。賞品以外でスパイクの食指を動かすものは名誉であると考えられる。それならば、提供する名誉が果たして本当にスパイクにとって満足のいくものなのか、またスパイク層の戦場と競合した時に勝てるだけの魅力があるのか、ということを十分に考慮した上でサービスを設定しなければならない。極端な話、天鳳ガチ勢を取り込もうと思ったら、天鳳を超える名誉、利便性、快適性を提供しなければいけないということである。

 また、ティミーを主なターゲットとする場合にも同様に考える必要がある。その場合、ゲーム体験それ自体に付加価値をつけていくという方向性が存在する。有名プロと打てたり、独自のルールで打てたりといった試みもこの体験への付加価値付けである。体験への付加価値付けで成功した最好の例は「あきば雀荘てんぱね」だろう(

あきば雀荘『てんぱね-teMpane-』│秋葉原でメイドさんと楽しく麻雀しませんか?

)。

 「てんぱね」は、ノーレートでありながら初回来店料1000円次回以降1500円、さらに東風一回630円という、普通の雀荘では考えられないような値段設定となっている。この強気の値段設定を支えているのは、体験に特化したサービスである。「てんぱね」では、コスプレをした女の子と麻雀が出来る他、「ジョブ」や「スキル」、「装備」といったRPGを模した独自のシステムを採用することにより、他にはない体験が出来る雀荘として好況を博している。実際に、現在の店舗に移った2009年から現在までの6年間もこの業態を維持している。普通のフリー雀荘に通う人から見たら驚異的と言える。しかし、この雀荘がティミーの取り込みに特化したことで成功しているということは紛れもない事実である。

 このように、ターゲットとなるユーザー層の分類はビジネスの方向性考える有効な枠組みとなることが考えられる。

 また、"Timmy,Johnny,and Spike"の分類は、ビジネス以外の場面でも役に立つ。まず、「あの人の言う『流れ論』はティミー的な楽しさを追求するためのものだから、それに対して最新の研究を持ち出して反論するのは筋悪だ」や、「他の人と差別化するためにも、自分はこれからジョニー的な面を打ち出していこう」のように、自他を客観的にポジショニングして整理する道具として使える。また、この概念が浸透すれば「あの人は独特の立ち位置だけど、ジョニーとスパイク両方の面を強く持っているね」と、コミュニケーションを円滑化する道具ともなる。概念の整理は考察や議論を深める役に立つ行為なのである。

 もちろん、"Timmy,Johnny,and Spike"で説明で述べた通り、プレイヤー全てがどれか一つのみに当てはまるというものでもないし、そのどれにも当てはまらない可能性もある(それらの可能性はベン図にて示した)。また、この分類が的外れである可能性はある。

 しかし、こんなにも面白い麻雀というゲームの悪魔的な魅力を考える時、その魅力を分類すると言う行為それ自体は必要不可欠なのではないだろうか。本論ではMTGに存在する"Timmy,Johnny,and Spike"という概念を援用したが、この概念の浸透や、麻雀に特化した新たな"Timmy,Johnny,and Spike"の発明が、この雑文をきっかけになされたら……と夢想するばかりである。

(大鉈を振るい考察を進めた結果、堅苦しくて読みにくい文体となってしまいました……。最後まで読んで頂いた方、本当にありがとうございました<(_ _)>)

(また、本文中にて言及した方々や「てんぱね」につきまして、もし事実誤認等がございましたら直ちに修正致しますので、その時はぜひお申し付けください)

 

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